遊びのはずだった恋心
2017/07/03
24歳の頃、ある企業で仕事をしていた時の話。私は企画運営をする仕事をしていました。
5年程経験を積み独り立ちしてきた頃のことです。新たなスポンサーが企画を持ち込んできたので、担当して欲しいとのことでした。上司からは、私を主に先輩(男性)のサポートで作業を進めるように言われ、今後はスポンサー側の代理店さんと進行するように指示されました。
この代理店さん(以下、Dさん)は個人で経営している、まもなく70歳に近づこうという男性でした。この道長く経験豊富でとても発想力豊かな上、柔軟な考えの持ち主で、実際の年齢より若く感じさせる人でした。この企画は、毎週公の場に発表する終わりのない仕事。
コンスタントに打ち合わせを続け、提案と練りを繰り返す日々。Dさんは打ち合わせより前にくるので、さらにそれより前に準備しければなりません。
そして打ち合わせ中は事細かく指示が飛んできました。普段の何気ない会話の中にも小さなアイディアを盛り込んでくるので、その言葉を残さず記録し次の提案へとつなげていきました。
雲を掴むような作業の連続で、どれが正解か分からず夢中で取り組んでいましたが、Dさんは傍らで、必ず私を正しい道へと誘ってくれていました。半年ほど過ぎ作業も慣れてきたころ、Dさんとの進行も滞りなくスムーズになりました。
Dさんはただ仕事ができるだけでなく、私生活も充実していて大人の余裕がありました。ファッションにもこだわりがあり、しゃべり方や仕草などダンディさには色気がありました。
Dさんの提案で、今後の展開をより面白くするために、打ち合わせはDさんと私だけ行い、場所も閉め切られたオフィスではなく、お庭のあるカフェや落ち着く空間でブレインストーミングするようになりました。また、打ち合わせと昼ご飯を一緒にする機会も増え、この仕事への費やす時間は長くなり、より深く想いを込め邁進していました。
といっても、私たちは仕事以上の関係はなく、とても息の合う二人。40歳以上も年が離れているので、絶対恋愛には発展しないことをお互いが分かっていました。
だから逆に、恋愛風を遊んでいたのかもしれません。ある時、ダンディなDさんは、「海外のカフェでは、男女は手を取り合ってコーヒーを飲むんだよ」と私の手を掴んできました。またある時は、「手の握り方はどれが好き?」なんて聞かれ実際に試したこともありました。
そんな私の熱心な仕事ぶりは、職場からもスポンサーに大事にされているとしか見られていません。さらに、スポンサーからの反応もよく、今後イベントを定期的に組んで欲しいと提案を受けるほど好調でした。しかし、サポートしている先輩からは何だか冷たい目。
私たちの打ち合わせの密な時間に嫉妬したのか飽きれたのか。また、私の彼氏もこの仕事のことをあまり良く思っていませんでした。そのことをDさんに伝えると少し仕事と距離を置くことを提案してきました。会う機会が減るとメールでの連絡が盛んになりました。
私はその文章の中に、ハートマークやキスをするような絵文字を交えて送りました。この時の私は、これらを書かずにはいられないほど気持ちを抑えることができませんでした。
またDさんも私の気持ちに答えてくれました。しばらくするとDさんから、奥さんにメールを見られてしまったので、今後のやりとりはドライでお願いします。とのこと。さすがに夫婦中を壊すほど邪魔はしたくないので潔く引くことにしました。
熱くなりすぎた想いを少し冷やすことができました。打ち合わせは頻度を少なく、簡潔なメールのやり取りだけ。一緒に仕事をしていくだけでいいと思い直し作業していました。が、若かったこともあり、盛り上がった気持ちをなかなか落ち着ける術を身につけていませんでした。
そこで私はDさんと会うために先輩を交えた飲み会を定期的に提案しました。そして、先輩が帰った後に、Dさんとバーで飲み続けました。また他の日は車でドライブにも行きました。手を握ったり抱きしめあったり…。恋愛を遊んでいるとうより、お酒の力を借りて戯れ合っていました。こんな関係が2年は続いたでしょうか。
ある日、私は彼氏から結婚を申し込まれました。嬉しいという気持ちよりも、困ったという心境。私の中に彼への気持ちが薄くなっている上に、どちらと一緒にいたいかと聞かれるとDさんと答える自分がいました。しかし、Dさんと今後の発展はない。
また、彼とも一緒にはいられないと考え、私は思い切って知らない街へと転職することにしました。全てを切り替え新しい生活することで前進しようと実行しました。
あれから3年が経ち、再就職先でも安定し、まもなく三十路の独身。元彼は結婚。そしてDさんはというと…。私が仕事を辞めてから一切連絡がありません。電話番号もメールアドレスも知っているのに。いったいどんな心境なのかと考えてしまいます。
元気でいてくれたらいいな。でも、内心私がいなくなって元気がなくなったとも言ってほしいとも思ってしまう。私はなんてひどい女。改めて考えてみると、人生で一度は燃えるような恋愛ができたことをDさんに感謝したいです。